それにしても宮古島はのどかな所だ。
さすがに昨日のガス欠にはびっくりしたが…。でも全然慌てず、むしろ楽しかったのはケニアでの経験のお陰だろうか。まあ、おじさん夫婦はちょっと焦っていたけれど。
午後から、西辺中学校で、”たまうつ先生”として、青年海外協力隊の経験を話す。体育館で、自転車持参でいろんな話をする。みんなの集中力を保たせるのって、やっぱり難しい。でもこの中から一人でも、協力隊や国際交流に興味を持ってくれたら、とてもうれしい。
今回の旅も、ようやく終わる。予定は大幅にオーバーしたけれど、本当に楽しかった。まずは無事だった事に感謝。また訪れたい場所もたくさん出来た。次はどんな手段になるか分からないけれど、全てが楽しみだ。そして次は、日本社会で頑張るぞ!
旅の終わりに/宮古 / 2002-12-16 (月)
泡盛酒蔵/宮古 / 2002-12-12 (木)
5時起き。寝坊してしまう。申し訳ない。
少しずつ自分の役割も出来てくる。油断大敵、焦がさないように。
午後から、泡盛の酒蔵を見学。なんとタイ米を使っているらしい。そちらの方が、米の質的に合っているのだそう。面白い。
近くの西辺中学校へ。校長先生といろいろ話す。
帰りの予定も決まり、チケットを取る。宮古島一周も出来たし、楽しかった。きっちり閉めて、帰ろう。
石嶺豆腐/宮古 / 2002-12-09 (月)
4時起き。豆腐作りを手伝う。
力仕事で根気も必要。本当に楽じゃない。でも、ラジオを聴きながら楽しく会話しているおじさん夫婦。2人の息は合っていて、さすがだと思う。まきを割り、火を見て、皿を洗うくらいしか出来ないが…。
出来立てのゆし豆腐は、最高に美味い!
戦争のこと/那覇 / 2002-12-06 (金)
朝、だらだらとする。この時期になっても暖かいというのがすごい。
出発直後にパンク。最近はもう何があっても動じなくなってきたなぁ。南へ向かうことにする。
ひめゆりの塔へ。観光客の数に圧倒される。資料館で、写真やビデオ・手紙を見る。沖縄の地上戦というのは、自分の戦争のイメージをはるかに超えていた。原爆とはまた違う、もう一つのもの凄い悲劇。
平和祈念公園では、各県ごとのモニュメントと戦没者の碑を見る。とても痛々しかった。
そして、旅の最終目的地・宮古島へ。快適なフェリーは、何と台湾行きだそう。行ってみたい!
じいちゃん/屋久 / 2002-12-03 (火)
急にすごい展開になったが、自分のルーツ探し。
じいちゃんの島・屋久島で、何か見つかると良いのだが。役場に行き、話しをする。一介の旅人にも気さくに応対してくれ、感激する。そして、郷土史編纂室で、ついにルーツ発見。すごいぞ日本!
時間がぎりぎりになってしまい、あわてて港へ。また来よう。絶対に。
鹿児島経由でフェリーを乗り継ぎ、沖縄へ。ほっと一息。
海中温泉/屋久 / 2002-12-01 (日)
種子島経由で、屋久島へ。昨日の夜は暴風雨の中、何とか民家で難を逃れる。
今日は打って変わった晴天。西回りで、屋久島一周を始める。途中、白河山公民館に寄る。囲炉裏があったり、畳だったりと、懐かしい雰囲気。常連さんなのか、たくさんの旅人が居た。
西回りはなかなか良い。猿・鹿・鳥、そして木々。道から見える海も素晴らしく、お陰で疲れずに今日の宿泊先であるユースホステルへ。
食事も美味しく、満天の星空の中の海中温泉も最高だった。
日本縦断達成!/佐多岬 / 2002-11-28 (木)
いよいよ本土最南端・佐多岬へ。思えば長い道のりだった。旅を始めた頃は、宗谷岬も佐多岬も知らなかったんだもんな。縁とは不思議なものだ。
岬だけあって、かなりのアップダウン。ゴールへ。
実感はない。とても快晴、風も無い。誰かに携帯メールを送ろうと思ったが、やめる。まぁ、そんなもんだろう。展望台へ。数々の落書きに、少し感動する。そうか、やっと着いたんだ。
100泊101日の自転車日本縦断。5,836km。よく出来ました!
これからもこうやって、一つ一つ自分を確かめながら生きていこう。ネタが増えることは、悪いことじゃない。とりあえず、お疲れ様でした。
国道10号/錦江湾 / 2002-11-26 (火)
荷物を何とかリュック一つとポーチ一つにまとめ、あとは鹿児島から大分へ送る。
ずばり的中!ものすごく歩道の狭い10号線を何とか乗りきる。サイドバックがあったらどうなっていただろう…。
ほとんど路肩のない道を、錦江湾に沿ってひたすら走る。気力勝負。午後は容赦なく雨。辛い…。
桜島はとても雄大。展望所で溶岩を見て、砂防センターで説明を聞く。毎日噴火してるのか。同じ九州なのに、知らないことばかり。
ユースの温泉でくつろぐ。旅人2人。沖縄でバイトかぁ。
特攻平和会館/知覧 / 2002-11-24 (日)
8時前に宿を出る。途中の道の駅でお祭りに遭遇。鹿児島の人は本当に気さくだ。
思い付いて、知覧へと進路変更。特攻平和会館へ。もの凄い数の遺書に圧倒される。一日中読んでいたい位だ。自分より若い青年の、悲壮で現実的な覚悟。心を打たれる。
隣の建物は文化館。なかなか面白いのに、閑古鳥。この差は何だ?日本人っぽい。
山越え。遠く見える開聞岳に感動する。きれいな山。
宿のお風呂は海水の温泉。ちょっとべとべとする。食事はむちゃくちゃ美味く、食後は宿のおじさんといろいろ話す。旅人論から日本論まで。熱かった。
チャリダー発見/天草 / 2002-11-21 (木)
1週間ほど、用事で各地を点々とする。そして再びチャリ旅へ復活。当初の予定を大幅に上回っての日程だから、仕方がない。流れるままに。
自転車を預かってもらっていた熊本から、水俣を目指す。フェリーに間に合うため、正午までに約100km。人間、やれば出来る。
天草へ。ユースにチャリダーが居て、びっくり。こんな時期なのに。職務質問は大丈夫だったのだろうか?ともかく嬉しく、いろいろ話す。






